成約インタビュー INTERVIEW
買収企業インタビュー
建設業

構造設計事務所を買収。戦略として“総合設計”を目指す建築設計業のM&A

譲渡企業
買収企業
業種
土木建築サービス業
土木建築サービス業
M&Aの目的
後継者問題の解決
事業の拡大

経済産業省が発表した「2023年版 中小企業白書・小規模企業白書」によると、近年では戦略的なM&Aの活用件数が増加傾向にあり、「成長や新しい事業分野への進出につながる有効な手段」と報じています。

東京都で建築設計業を営む池下設計は、M&Aによって事業領域の拡大に成功した一社。社長である池下潤氏が「M&Aは成長戦略のキー」と考え、2023年3月に構造設計を手がける「創建設計事務所」を買収し新領域へ進出しました。今回は、その池下氏にM&Aを実施した理由と、M&A成功のポイントについてお聞きしました。

実父が創業した池下設計を引き継いで2011年に社長に就任した池下潤氏

「人を大事にする経営」で業界のリーディングカンパニーへ

1973年に創業した池下設計は、施工に必要な設計図面である「施工図」を提供する「生産設計」を中心に事業を展開。大手ゼネコン(総合建設業者)などの元に技術者を派遣し、設計者のコンセプトを汲んだ高品質な施工図を提供することで、顧客との信頼関係を構築し安定した受注を獲得しています。

手掛ける建造物は多彩です。愛知県にある「ジブリパーク(大倉庫)」や京都府の「サンガスタジアムbyKYOCERA(京都府立京都スタジアム)」など、日本全国の公共施設から宿泊施設まで、多様な建造物の生産設計を担当しています。

業界のリーディングカンパニーである池下設計ですが、かつて経営が苦境に立った時期もありました。2008年に起きたリーマンショックの影響で、建築・工事の件数が減少。当時は年間120名を新卒採用するなど多くの人材を擁していたため、従業員の一時帰休を行わざるをえないほどの業績不振に陥ったのです。

さらに試練は続きます。池下氏が社長に就任した2011年には、東日本大震災が発生し、池下設計はさらなる苦境に立たされていました。しかし、池下氏の手腕によって業績は見事にV字回復。その原動力となったのが、池下氏が掲げる「人を大事にする経営」でした。

「大学院で経営学を学んでいた時、とある教授から『社員満足度と顧客満足度、キャッシュフローをそれぞれ最大化できる会社は成長できる』と教わりました。社長に就任する前は経営企画・管理を担っていましたが、事業を俯瞰する中で教授の言葉は正しいと感じました。しかし、私が社長に就任した当時は、建設不況によって従業員は大きく動揺していた。そのため、従業員からの信頼回復が最優先事項でした」(池下氏)

池下設計では、担当者がゼネコンへ派遣されて設計業務を行うため、社員の自社への帰属意識が低いことが課題でした。組織の強化は、会社を長く存続させるために避けては通れない課題。そういった背景もあって、池下氏は人を大事にする経営に取り組んだのです。

例えば、評価制度の見直しです。技術者が正しく評価されるように制度を変更するとともに、評価基準を公開するなど評価の“見える化”を実施しました。加えて、クラウド型勤怠管理システムの導入やワークフローの電子化など社内インフラを整備。従業員同士が遠隔地にいてもWeb上でコミュニケーションを図ることができる環境を構築しました。さらに、従業員が上司を通さず池下氏に直接提案できる制度を設けるなど、経営層と従業員の距離を縮める施策も講じました。

同時に、人材育成も強化。独自のEラーニングシステムやAIによるチャットボットシステムで、生産設計を学べる仕組みを築きました。新卒採用にも積極的で、採用人数こそ一時期より減少しましたが、人材の確保と育成に注力しています。

人を大事にする経営を重層的に実践することで、池下設計は次第に活性化し、組織としての一体感を強めていきました。従業員から「会社が変わった」という声が上がるようになり、示し合わせたかのように業績も回復。市場の回復など外部要因の影響もあって以前より大きく成長しました。池下氏は「成長を遂げられた最大の要因は優秀な技術者と組織力」と断言しています。

池下設計およびグループ各社の執務室。

池下設計およびグループ各社の執務室。開放感のあるフリースペースによって、闊達なコミュニケーションが図られている

「総合設計の池下」となるために。M&Aを強力に推進

苦境を跳ね除けた池下設計でしたが、池下氏は会社の未来を見据えて大きな方針を打ち出しました。「施工図の池下」から「総合設計の池下」を目指すことにしたのです。

「建物の3Dデジタルモデルに情報を統合する『BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)』など、設計業務もDX化が進んでいます。建築設計(意匠・構造・設備)、生産設計といったように、設計の工程ごとに分担されていた業務がBIMによって統合されると想定されており、私たちが得意とする生産設計も上流工程に組み込まれる可能性がある。こうした事業環境の変化に対応するため、ワンストップで設計業務を担える総合設計を実現する必要があると考えたのです」(池下氏)

そうして生産設計の前段階である「建築設計」分野の発展と強化を掲げましたが、実現に時間がかかりすぎると感じていた池下氏。「総合設計の池下」により早く到達することを優先し、選んだ手がM&Aでした。

「社長に就任した2011年からM&A戦略のイメージはありましたが、具体的な行動に移ったのは2015年頃。M&A仲介会社にコンタクトをとって、案件情報の提供をお願いしました。社内でもM&A担当者を設けて情報収集を指示。アンテナを広く張って情報を集め続けました。なかなか機会に恵まれませんでしたが、2019年に仲介会社から蒼設備設計のM&A案件を紹介されたことで、状況は好転し始めました」(池下氏)

蒼設備設計の事業は、池下設計には部署がなかった設備設計。願ってもない好機であり、池下氏はM&Aを決断しました。さらに蒼設備設計の買収がきっかけとなり、日本設備企画の社長から設備設計事業の譲渡を直接オファーされました。

「両M&Aを実施したことで、池下設計は一気に事業領域を拡大。池下設計が総合設計を目指す上で必要な“ピース”は、建築物の土台や柱・梁などの骨組み部分を設計する『構造設計』だけとなった。構造設計の案件もいくつか紹介されましたが、良い縁に巡り会えませんでした。そんな中で、オンデックから創建設計事務所のM&Aを提案されたのです」(池下氏)

成約インタビューvol.4

総合設計を目指す上で大きなウェイトを占めていたM&A戦略。費用は掛かるが、実現に向けた時間短縮効果は高いと考えていた

オンデックの提案によって念願の構造設計へ進出

池下設計とオンデックが出会ったのは2022年11月。オンデックの担当コンサルタントによる、当M&A案件の提案に向けた飛び込みのアプローチ電話が始まりでした。

「M&Aの情報を募集しているので、池下設計には週に一度はM&A案件に関する電話がかかってきます。オンデックからの電話を受けた当社のM&A担当者は、構造設計事務所の案件とあって企業概要書を共有してもらいました。企業概要書はよくまとまっていたため、創建設計事務所の経営や実態を具体的にイメージできた。担当者も私も『素晴らしい縁になる』と直感し、さっそく関心を表明しました」(池下氏)

10名近い従業員を抱える構造設計事務所のM&A案件は希少。実際、買収先の募集がすぐに打ち切られるほど引く手あまたの案件でした。池下氏の即断即決は功を奏し、トップ面談の機会を得ることができたのです。

「創建設計事務所の青山社長との面談は和やかで、精神的な“壁”をあまり感じませんでした。当社の事業内容も把握しておられ、両社の今後について腹を割って話し合うことができた。池下設計は構造設計に進出でき、創建設計事務所は後継者問題を解決しながらシナジー効果も得られる。両社にとってwin-winの関係を築けるイメージが湧いたので、買収意向を表明する決意を固めました」(池下氏)

買収をしても、事業が立ち行かなくなってしまっては意味がありません。M&A案件をいくつも検討し、買収の経験を積み上げていた池下氏は、現社長である青山氏が将来的に勇退されてからの譲渡企業の経営について、判断軸として思案を巡らせていたのです。

創建設計事務所は繁忙と閑散のギャップが経営課題でしたが、多くの顧客と取引がある池下設計が案件を紹介・発注することで業務の平準化が可能に。ワンストップでの設計業務も提案できるようになり、売上の向上も見込めました。さらに、池下設計が有するDXのノウハウや整備された職場環境によって事業の効率化が加速。人材育成や採用力も強化できるため、さらなる成長が期待できました。

「青山社長の役員続投もM&Aを決断できた理由です。当たり前ですが、創建設計事務所の事業を理解していても、内情に精通しているわけではない。これまで通りに青山社長が経営を続けてくれ、創建設計事務所の次期リーダーを育成してくれるのは、私にとっても安心材料でした」(池下氏)

そうして池下設計と創建設計事務所のマッチングが成立。想定されるシナジー効果の高さと池下氏の裏表のない人柄や誠実な対応が青山氏の心を打ったのです。加えて、過去のM&Aの実績から、譲渡後についてのイメージが湧きやすいことも、信頼感の醸成に一役買ったと想定されます。

「M&Aを成功させる重要なポイントは、良い案件に巡り会えるかどうか。だからこそM&A案件の情報収集に力を入れていました。同時に、信頼できる仲介会社を選ぶことも重要です。創建設計事務所のM&Aは、そもそもオンデックからのお声掛けでしたし、対応も丁寧かつ迅速。プロに任せる大切さを実感しました」(池下氏)

「両社の拠点が近いため、M&A後の人的交流が図りやすい点も魅力だった」と池下氏

今後は「新しい設計手法」の模索にも挑戦

M&Aがクロージングして約2ヵ月が経過しましたが、池下設計と創建設計事務所の関係は非常に良好。両社を統合するためのプロセス「PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)」を実施中ですが、創建設計事務所の従業員も前向きにM&Aを受け入れてくれているそうです。

「創建設計事務所へご挨拶に伺わせていただいた時も、温かく迎え入れてくれました。もともと従業員の心象面を考慮し、両社の統合はゆっくり進めていこうと考えていて、拠点の統合も1年後に行う計画でした。しかし、創建設計事務所の従業員から『早く池下設計のオフィスに移転したい』という声が上がり、2023年11月に前倒しすることになった。そういう意味では、順調に両社の融和が進んでいます」(池下氏)

一方で、事業面での具体的な連携やグループとしての経営戦略は移転後に策定していく予定。ただ、池下氏には早くも挑戦したい取り組みがあります。それは、池下設計が運営するYouTubeチャンネルへの動画投稿です。

「自分達で仕入れた土地に、グループ会社で力を合わせて「総合設計」した建物をゼネコンに建ててもらう、ドキュメンタリー動画を制作したいと考えています。私たちの技術力を学生や新規顧客にアピールでき、人材と顧客の獲得にも繋がる。企画を通じて各グループ会社間の融和も加速し、新しい設計手法を模索することも可能です。事業の拡大と設計手法の変革促進を同時にできるので、総合設計を目指す私たちにとって有効な施策でしょう」(池下氏)

必要なピースをすべて揃えたことで、池下設計は目標とする総合設計へと着実に近づいています。2022年には新会社の「池下BIM設備」を設立。受注は好調で、2023年3月時点で早くも黒字化を達成しました。BIMをはじめとする“未来の建築設計”に対応する準備は万端。今後は独自に設計手法を練り上げながら、“建築設計の未来”を支えるべく邁進し続けていくそうです。

池下設計およびグループ各社の執務室

モダンかつ機能的な外観の造幣局研究棟(大阪市)は自社設計実績の一つ           

COMMENT
オンデックからのコメント

M&Aへの取り組みに向けては早めの動き出しが肝心です。共に事業を成長させる相手にすぐに出会えるとも限りませんし、焦れば判断を誤る恐れもあります。M&A案件の情報収集に注力し、粘り強く良縁を待ち続けた池下氏の判断と行動のスピードが、当M&Aが成立した一因となったことは間違いありません。
 
未来を見据えて動き続ける池下氏ですが、今後も事業拡大のためにM&Aを活用したい旨を示唆。その際に「オンデックの対応は誠実で安心感があった。次にM&Aをすることがあれば、また仲介を依頼したい」とお褒めの言葉もいただきました。人を大事にされる経営に微力ながら寄与できたことを光栄に感じております。
 
オンデックでは、譲渡企業と買収企業の双方に寄り添ったM&A支援を心がけています。M&Aによる成長戦略を検討されるなら、まずはオンデックまでご相談ください。
 
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