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ストーリー

【歴史と偉人に学ぶ 経営の本質】稲盛和夫に学ぶ、経営哲学「京セラフィロソフィ」による人材育成 ≪後編≫

人生100年時代といわれるようになり、一般的な企業の寿命より人が仕事に関わる時間、職業寿命の方が長くなる時代となりました。また、働き方の選択肢も広がり、企業は人材育成にあたって、より多様な価値観を認め活躍できる場を用意するようになっています。しかし、多様な個々人の価値観を認めるほど、企業への求心力を保つのは難しくなる側面もあります。
そんな時代においては、企業の価値体系の起点となる経営理念を明確にし、それを実践することが必須です。理念の実践が、企業の業績向上につながる一方で、従業員ひとり一人にとっても自身の経済、精神面での価値向上につながる。そういった経営を行う必要があります。

この点、京セラをゼロから立ち上げた著名な経営者、稲盛和夫氏は「京セラフィロソフィ」という経営哲学をもとに、企業の理念体系を構築し、アメーバ経営といった実践手法を用いた人材育成を行うことで経営の成果を上げてきた、理念に基づく経営の第一人者です。
今や、稲盛氏は経営者の域を超え神格化されつつありますが、一般企業においても経営者やリーダーが参考にできる要素が多々あります。

本稿では、稲盛氏の膨大な著作の中から、その経営哲学の骨格となっている要素を一気通貫で浮き彫りにし、あなたの会社においても経営的な成功を導くヒントが拾えるように紐解いていきたいと思います。今回≪後編≫では、稲盛経営哲学とその他の企業の経営理念・実践プロセスとの違いを明らかにした上で、どのように企業が人材育成へ活用していくべきかをさらに深掘りしていきます。

一般的な企業の理念、実践プロセスとはどこが違うのか

ここで、経営理念をもって人材育成しようというとき、稲盛氏が関わった企業と、一般的な企業で起こりがちな経営哲学や理念の構築、実践状況の差を見てみましょう。一般的な企業における理念の構造と、深化の在り方を見ると、以下のような例が見受けられます。

(1)そもそも理念がない

代々続く業歴の古い企業には、社是や家訓のようなものはあっても体系化された理念がない場合があります。また、合併などを繰り返し、経営者が変遷した履歴のある企業も、いつの間にか理念が消滅していることがあります。

(2)経営理念が模倣、抽象的、総花的、あるいはあいまい

どこかの成功企業の理念をそのまま模倣したり、抽象的過ぎたり、逆に多弁であるためわかりにくかったり、内容が掘り下げられていなかったりする場合があります。このようなケースでは、そもそも人によって解釈に違いが生じ、理解レベルを一定に保って人材育成につなげていくのが困難です。

(3)経営理念の構造的な不足や破綻

経営哲学は、正しく規定するのであれば社是、経営理念、経営方針、行動指針、行動規範といった体系化、構造化が必要です。最近ではドラッカーの影響により、ミッション、ビジョン、バリューとして体系的に制定する企業も増えています。ただ、ビジョンがあってもミッションがなかったり、ビジョン、ミッション、バリューそれぞれの繋がりがない場合があります。

(4)経営理念の場当たり的、表面的な運用

最近のベンチャー企業では、ミッション、ビジョン、バリューをしっかり制定しているところが多く見受けられます。しかし、もともと事業計画のロジックを補完するために後付け的に策定したものであったり、起業マニュアルなどのフォーマットにしたがって便宜的に作成したものもあるようです。また、Web上のキャッチコピーや営業資料上の枕言葉としての位置づけにとどまっている場合もあります。営業トークとして話しているうちに、どうもスムーズにいかないので理念を変えようかといった本質的でない運用も見受けられます。一方で、せっかくよい経営理念があっても、経営の実践と紐づいていない場合があります。例えば、理念は人事制度と密接な関係がありますが、理念を踏まえた育成すべき人材像が描けていないことも少なからず見受けられます。理念を体現した人材像が不鮮明であれば育成すべきスキルもあいまいになり、その実践度合いを評価することもできなくなります。結果、財務的な指標だけで人材を見るようになり、社会的使命感の薄い組織になってしまうこともあります。

(5)理念と企業文化のギャップ

従業員との対話、あるいは従業員同士の対話が不足しているため、理念が深化されず、企業文化にまで到達していない。したがって、理念を通して組織全体で無理なく人材が育成されていくという状態になっていない場合があります。

以上のように京セラフィロソフィと対比したときに、何が違うのかをいくつかの例から見てきました。逆にいうと、京セラフィロソフィに基づく経営理念は非常に完成度の高いものとなっているため、大いに参考の余地があるということになります。

経営者はどのような哲学を持ち、どのように人材育成に活かすべきなのか


それでは、前述のような状況に陥らないために、京セラフィロソフィの持つ経営理念の完成度の高さや、実践レベルでの連動性を解明しつつ、好ましい自社の経営哲学の構造を明らかにしていきましょう。ここでは特に人材育成の観点から、企業が経営理念を再確認し、経営哲学として深め、運用するにあたって不可欠な要素を検討します。

1.経営として善とすべきことの明示

人、モノ、金、情報等の経営資源についての考え方、ステークホルダーの対象の範囲と向き合う姿勢、プロダクトやサービスおける品質基準の考え方など、わが社として何が正しく、何を良しとするのか。これが会社の倫理・道徳の基礎となり、それに則って、正しい価値判断を指導できるようになります。

2.企業の業績と個人の成長とのリンク

人材育成を企業の成長につなげるには、明快なロジックが必要です。よって、仕事を通して個人の成長があり、組織の成長があり、業績が上がる、という関係やストーリーを組み込むことが求められます。その時、会社も個人もともに成長することにより会社の業績を上げることで相互に価値が高まる構造になっていることが好ましいといえます。

3.他者に対する働きかけと、個人の幸福とのリンク

経営理念の実践により、精神面で個人が成長するためには、他者に対しての価値の創造、つまり他のステークホルダーへの貢献、利他の行為が必須です。その達成度の基準は、例えば顧客満足度などが代表的です。真の顧客満足を創出できれば、その顧客は次の顧客を紹介してくれます。そのような成果を獲得すためには、職務的なスキルだけでなく、自身の人間性を高める精神面の成長も重要となります。したがって、仕事による他者への価値創造が従業員自身を高め、結果として、幸福の獲得につながるという道筋を設計する必要があります。経営理念は、他者に対する働きかけの面でも、個人の価値観確立にも資するようなものがより好ましいといえます。
これによって、従業員と、会社や各ステークホルダーとのエンゲージメントのあり方が決まります。

4.普遍性

将来、企業が発展し子会社を作ったり、新規事業を行なったり、M&Aをしたり、そんな多様な状況においても受け入れられるような普遍性が必要です。また、業績の変動に耐えられるものである必要があります。
経営はいつも順風満帆とはいかず、苦しいことの方が多いかも知れません。そこで、良い時も、悪い時も有効である必要があります。どのような場合にも活用できる普遍性を持たせるためには、考え抜いてよりシンプルにしたほうが良いでしょう。

5.運用面との連動性

経営理念を定着させるためには、経営者や経営幹部と従業員の対話、上司と部下の対話、理念に紐づく個別具体的な指導など、運用面でのシステム化(仕組み化)が必要です。経営理念に連なる採用、教育プログラム、人事評価制度、処遇といったシステムとの連携も重要です。これにより、理念が実践面でも一貫性をもったものになり、全体として人的資本の生産性を向上させ、業績を上げ、それに続く企業文化の醸成に取り組みやすくもなります。

6.リスクマネジメントとマインドセット

震災や、コロナ禍の発生のように企業経営には不条理な出来事がつきものです。どれだけまじめにやっていても、誰も予知できなかった事象は起こり得ます。競合他社の商品が洗練されて、競合のほうが良い商品が提供できているといったことも起きるでしょう。逆に、業績向上が上手くいきすぎて、組織内に過信が生じているといった見えない危機もありえます。
さらに特定個人や、特定部門が不祥事を起こし、全体にダメージを与えることもあります。
しかしながら、企業としては逆境こそチャンスに変え飛躍の布石としたいところです。このとき、従業員がなぜこんな目に合わないといけないのかと嘆くのではなく、ポジティブにとらえられるマインドセットを促すロジックを組み込んでおく必要があります。

以上が、理念の見直し、深化について構造的に必要な要素となります。

まとめにかえて ~人は仕事を通して成長し、幸福に近づく~


最後に、稲盛氏の経営哲学の中核概念ともいえる、「全社員の物心両面の幸福」の中でも、近著で特に重点が置かれている心の幸福について考えます。

氏は、会社と従業員を媒介する仕事の本質について、次にように述べています。

「そもそも人間が働く目的とは、報酬を得るためではないと考えています。人生の目的は、その自分の人間性を高めることであると信じています。(中略)では生きる中で人間性を高めていくには、どういう方法があるのでしょうか。それには哲学などの勉強をすることも有効でしょうが、もっと確実に心を高める方法があります。私はそれが『労働』だろうと考えています。働くということは、人間性を高める、人間を練磨するということについて、最も有効で基本的な手段だと思うのです」※6

たしかに、会社組織の中で、従業員がある業務上の目標に向かって困難を乗り越えようと全力を傾けるとき、仕事を通じて自身の能力が高まり、それによって心に余裕が生まれ、他者へ配慮できる人間性も高まるようになります。会社には顧客があり、取引先や金融機関、株主、地域社会、はたまた地球環境というステークホルダーが存在します。会社の各部門の従業員における、各々の役割において、ステークホルダーに価値の提供を行うために全力を尽くす時、相手の要求水準が高ければ高いほど、求められる努力量は多く、結果として成長角度も上がることになります。仕事を通して、今までの自分ではできなかったことに挑戦し新しい自分に成長することによって、人間は練磨されていきます。

この人間力を高め続ける、達成したというゴールのない、終わりのない誠実な活動の継続こそが、実は心の幸福ではないのか? 逆にいえば、仕事によって、従業員が人間を高めるという方向に全力で努力するようにすれば、仕事の中にこそ幸福があると考える従業員が増え、経営の成果は上がるのではないか?と稲盛氏は問題提起をしているのではないでしょうか。

様々な災禍が続き既存の価値観が根底から揺らいでいる昨今、会社におけるもっとも重要な経営資源ともいえる「人」に目を向け、自社の経営理念を問い直すのは、有意義な取り組みとなるのではないでしょうか。

文=オンデック情報局

 → 【歴史と偉人に学ぶ 経営の本質】稲盛和夫に学ぶ、経営哲学「京セラフィロソフィ」による人材育成≪前編≫はこちら

引用および参考文献

※6稲盛和夫、梅原猛 哲学への回帰 PHP