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【歴史を紡ぐ事業承継】必ず継承者は現れる。廃業寸前だった伝統食「ねむらせ豆腐」が事業承継されるまで

【歴史を紡ぐ事業承継】必ず継承者は現れる。廃業寸前だった伝統食「ねむらせ豆腐」が事業承継されるまで

日本各地に残る伝統工芸や地場産業などが代表的ですが、あらゆる企業活動は、その土地や社会、歴史、そこに関係する人たちの想いや技術によって支えられ、育まれ、その積み重ねが価値を繋いでいるものです。しかし、高齢化や後継者不足がますます深刻化している昨今、そんな大切な価値が失われてしまうことも多々あります。ここでは、悩ましい事態を打開し、なんとか廃業という結末を逃れ、技術や伝統、文化、歴史を未来に紡いだ事例をご紹介します。

「ねむらせ豆腐」という商品があることをご存じでしょうか? 日本三大秘境の一つとも言われる宮崎県椎葉村に古くから伝わる保存食、豆腐の味噌漬けのことです。

南国のイメージが強い宮崎ですが、山間部、それも山深い椎葉村は冬には雪が降り、滝も凍るほど。貴重なたんぱく源である豆腐を10ヶ月から1年ほど麦味噌に漬けて“ねむらせ”、発酵させることで、長く日持ちのする伝統食となりました。伝統食としては歴史あるものですが、ねむらせ豆腐の名前自体は、椎葉村の地場産品を製造、販売していた店「椎葉山の語り部」(以下、語り部)の先々代の主人が、約20年前に名付けたもの。そのまま炊きたてご飯にのせて食べるほか、お酒のおつまみにするなど、地元で親しまれています。

【歴史を紡ぐ事業承継】必ず継承者は現れる。廃業寸前だった伝統食「ねむらせ豆腐」が事業承継されるまで

そのねむらせ豆腐の事業を引き継いだのが、本記事の主役である鈴木宏明さん。語り部の店舗の向かいに彼の父の会社、建設業の「鈴木組」があり、2014年に椎葉村にUターンした鈴木さんもここで働いています。

その場で「僕に継がせてください!」1週間後には製造スタート

2020年のある日、鈴木さんは語り部の店舗から荷物が運び出され、片づけをしているところに出くわします。店の人に事情を聞くと、「今日で閉めることになった」とのこと。「ねむらせ豆腐はどうなるんですか?」と尋ねると、「それも終わりでね……」という返事。とっさに鈴木さんは「じゃあ僕に継がせてください!」と口にしていたそうです。

「ねむらせ豆腐は名前こそ、おじいちゃん、おばあちゃん向けを連想させますが、食べてみると日本版のチーズともいえる味わいで、とてもモダン。若い人にも響くいい商品だと思っていました。それがなくなると聞いて、もったいないと思いました」(鈴木さん)

【歴史を紡ぐ事業承継】必ず継承者は現れる。廃業寸前だった伝統食「ねむらせ豆腐」が事業承継されるまで

前の事業主である中瀬玲奈さんは、急死した夫に代わり、7年間ねむらせ豆腐を始めとする椎葉に伝わる昔ながらの食品を製造、販売してきました。しかし、従業員の高齢化に加え、工場の老朽化。さらに、工場の裏山が崩れる恐れのあることがわかり、大規模な工事の必要性も出てきたのです。

事業のために懸命に走りつづけてきた中瀬さん。これからも椎葉の食を伝えていきたいという思いがありながらも、多様な課題を抱え、一度休んで今後を見つめ直したいと考えるように。そして、事業を引き継いでくれる人を探しはじめましたが、それもなかなか見つからず、結局、承継者が見つからないまま店を閉じることを決意していたのです。

そんな時、突如差し伸べられた隣人からの申し出に、中瀬さんは二つ返事でOKを出しました。その1週間後には鈴木さんの妻や鈴木組の従業員が語り部の工場へ行き、ねむらせ豆腐の製法をみっちり教わることに。80代の工場長をはじめ、ベテランたちからノウハウを学び、すぐに商品の製造に入りました。なんといっても、ねむらせ豆腐は完成までに約1年もかかる商品。在庫がほとんどなかったために、次の年に販売するものをすぐに作る必要があったのです。

【歴史を紡ぐ事業承継】必ず継承者は現れる。廃業寸前だった伝統食「ねむらせ豆腐」が事業承継されるまで

また、豆腐の味噌漬けは、昔はどの家でも作っていたような家庭の味でしたが、「ねむらせ豆腐」として商品化され、食通の間では知る人ぞ知る名品となっていたため、その製造のコツは何としても、経験者から学んでおく必要がありました。

その時に作ったものが、ようやく2021年2月に出荷され、承継後第1号のねむらせ豆腐となりました。

見知らぬ人からの「承継してくれてありがとう」に驚き

さらにねむらせ豆腐が、承継2ヶ月のタイミングでテレビに取り上げられたこともあり、すぐに予約が殺到。順調な船出となりましたが、お客さんが半年も待ってくれる商品であることに、鈴木さんはそのポテンシャルの高さを改めて実感したそうです。「最初の頃、玲奈さんが僕に泣きながらありがとうと言ってくれたことは、今でもとても心に残っています」と鈴木さん。

そして、お礼の言葉は他のところからもかけられました。

「僕は『これは売れる』と思って事業を継いだだけなのですが、昔からねむらせ豆腐を知っている人や、新しくファンになってくれた人から『承継してくれてありがとう』と言われるんですよね。自分が魅力的だ、なくなってほしくないと思った商品だったから引き継ぎ、商売として成立するように努力をしているだけですが、予想しておらずうれしい限りです」(鈴木さん)

【歴史を紡ぐ事業承継】必ず継承者は現れる。廃業寸前だった伝統食「ねむらせ豆腐」が事業承継されるまで

しかし、ショッキングなことも……。鈴木さんたちに製法を教えてくれ、「これからはひ孫の面倒をみて、ゆっくり過ごすわ」と話していた工場長が交通事故で亡くなってしまったのです。それは承継後、1ヶ月たった頃で「こんなことが現実に起こるのか、とにわかに信じられませんでした」と鈴木さんは話します。

このようにタイミングは、人が自由に操作できるものではなく、運命や縁といったものに負うところが大きいもの。だから、今回の承継自体、奇跡の連続で成り立っているといえるのかもしれません。

【歴史を紡ぐ事業承継】必ず継承者は現れる。廃業寸前だった伝統食「ねむらせ豆腐」が事業承継されるまで

「継いであげる」ではうまくいかない

あまりにもドラマチックな“承継劇”ですが、鈴木さんは承継が成功した要因を次のように分析しています。

まず、会社は引き継がず、自分が惚れこんだ事業だけを継いだこと。「あの時、玲奈さんに断られていても、ねむらせ豆腐は将来性のある魅力的な商品だと思っていたので、僕は自力で作っていたと思います。継ぐから事業をやるのではなく、おもしろいから継がせてもらう、自分でやりたいという気持ちがありました。『受け継いであげる』と思ったらうまくいかないと思います」と鈴木さん。

次に、タイミング。「玲奈さんは少し前から事業を継いでくれる人を探していたようですが、実は、そのことを僕は知らなかった。明日閉めますというギリギリの時期で、もうあきらめていたところに僕が来たから、それも良かったのでは。早すぎるタイミングでは、すんなり引き継がせてもらえなかったかもしれない」と話します。

【歴史を紡ぐ事業承継】必ず継承者は現れる。廃業寸前だった伝統食「ねむらせ豆腐」が事業承継されるまで

「商品は子供みたいなものだから、自分の手から離すのはすごい決心が必要。家族から引き継ぎ、それを作ってきた年月が長ければ長いほど譲りにくい。心残りがあるのも当然だと思います」とも。

「語り部には『豆腐のカリント』や大豆を米麹で発酵させた『だんだん納豆』など、その他の名物商品もあります。いずれはこれらの商品も復活させたいと思ってますが、その前に、老朽化した工場とは別の加工場を作り、ねむらせ豆腐の生産量を増やしたいですね」と決意を語ります。

地域資源を活用し、地元を盛り上げる

実は鈴木さん、建設業の傍ら、社内の新規事業として国産キャビアの製造も手掛けています。鈴木組は、曽祖父が日本で初めて着工された大規模アーチダム「上椎葉ダム」の建設のために興した会社ですが、10年ほど前から地域資源を活用し、地域を盛り上げたいと多角経営に乗り出しています。チョウザメ、キャビア事業もその一つ。標高600メートルの山中に養殖場を作り、椎葉の清らかな水でチョウザメを育てることで品質の良いキャビアをとることができるのだそうです。雇用創出という社会課題の解決も図りながら、今よりも低価格でおいしいキャビアを作ることに、鈴木さんは挑戦しています。

【歴史を紡ぐ事業承継】必ず継承者は現れる。廃業寸前だった伝統食「ねむらせ豆腐」が事業承継されるまで

キャビアもねむらせ豆腐も食品という意味では同じ。キャビアについては鈴木さん自身が起こした事業なので、一から販路を開拓し、有名レストランのシェフに売り込むなどしてきました。その経験があったからこそ、ねむらせ豆腐の希少性や魅力、価値に気づくことができ、瞬時に承継の判断ができた部分もありそうです。

「ねむらせ豆腐もキャビアも、ここ何年かでグッと伸ばすことができると思います。いろいろとおもしろくなりそうです!」と笑顔の鈴木さん。椎葉に古くから伝わり、商品としての地位を確立している食品を引き継いだことで、地域の経済を回しつづけ、より一層地元を盛り上げ、持続可能な村であり続けるための武器を手に入れた実感が鈴木さんにはあるのです。

この先には、さらに鈴木組そのものも受け継ぎ、跡継ぎとしての責任を果たす時期がやってきます。第三者からの事業承継に加え、親族内の承継の責任も果たし「日本一の跡継ぎ王になる!」という誓いを胸に秘めている鈴木さんにエールを送りたいです。

今回の鈴木さんのケースは、承継者と被承継者がもともと顔見知りであったことや、廃業寸前での偶然の再会など、タイミングと縁が重なりうまく進んだ事例ですが、ねむらせ豆腐がそうであったように、価値ある企業活動は、必ずどこかに残すべき価値を継いでくれる人がいるはずです。運や縁に頼らず意志をもって価値の承継を進めるには、経験の豊富なM&A支援会社に頼ることも解決策のひとつです。もしあなたが経営者で、事業の承継等でお悩みでしたら、まずは相談されることをおすすめします。失ってはならない価値を、必ず未来に繋いでいきましょう。

文=オンデック情報局