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ストーリー

【歴史と偉人に学ぶ 経営の本質】稲盛和夫に学ぶ、経営哲学「京セラフィロソフィ」による人材育成 ≪前編≫

人生100年時代といわれるようになり、一般的な企業の寿命より人が仕事に関わる時間、職業寿命の方が長くなる時代となりました。また、働き方の選択肢も広がり、企業は人材育成にあたって、より多様な価値観を認め活躍できる場を用意するようになっています。しかし、多様な個々人の価値観を認めるほど、企業への求心力を保つのは難しくなる側面もあります。
そんな時代においては、企業の価値体系の起点となる経営理念を明確にし、それを実践することが必須です。理念の実践が、企業の業績向上につながる一方で、従業員ひとり一人にとっても自身の経済、精神面での価値向上につながる。そういった経営を行う必要があります。

この点、京セラをゼロから立ち上げた著名な経営者、稲盛和夫氏は「京セラフィロソフィ」という経営哲学をもとに、企業の理念体系を構築し、アメーバ経営といった実践手法を用いた人材育成を行うことで経営の成果を上げてきた、理念に基づく経営の第一人者です。
今や、稲盛氏は経営者の域を超え神格化されつつありますが、一般企業においても経営者やリーダーが参考にできる要素が多々あります。

本稿では、稲盛氏の膨大な著作の中から、その経営哲学の骨格となっている要素を一気通貫で浮き彫りにし、あなたの会社においても経営的な成功を導くヒントが拾えるように紐解いていきたいと思います。今回≪前編≫では、まずは稲盛経営哲学を理解するべく、どのように生まれ、育まれ、実践され、磨かれ、そして他企業へと応用される中で普遍化されていったのかという過程を見ていきます。

稲盛経営哲学が生まれた背景

経営哲学のベース

稲盛氏が大学を卒業した1955年当時は大変な就職難でした。稲盛氏も例にたがわず就職活動が難航する中、大学の先生に紹介してもらって、ようやく京都の碍子メーカーに入社することができたのです。

しかし、まもなく、その会社は赤字続きで、銀行の管理下にあることに気づきます。そんな企業に入る選択肢しかなかったと、稲盛氏のモチベーションは下がる一方でした。同期も一人辞め、二人辞め、ただ一人取り残されたとき、稲盛氏はかえって開き直り、研究に打ち込むことを決意します。稲盛氏はこの研究という仕事に打ち込む体験が自身の哲学を生み出す元になったと振り返っています。

「若い情熱のはけ口を、私はセラミックの研究に見出しました。給料の遅配は当たり前という会社でしたが、その不平不満を外へぶつけても意味はないと思い、研究に情熱を注いだのです。そうすると不思議なもので、研究は順調に進むようになり、素晴らしい成果を残すことができました。言ってみれば私は、現実の煩わしい窮屈な状況から逃れるために、必死に研究に打ち込んだのです。しかし、実はそのことが、私なりの人生観、または哲学というものをつくっていったのです。すべての雑念を払い、一つの研究に打ち込んでいる状態のときに、人生観のようなものが自分の中につくられていきました」※1

稲盛氏は、このときの体験をベースに経営哲学体系といえる「京セラフィロソフィ」を創っていったそうです。氏は何事に対しても、とことん突き詰めて考えるという姿勢を貫いています。

この態度が、問題発見に意識を向け、問題解決のプロセスを通して本質を突き止め、法則性を見出していくというスタイルを生み出しています。それが京セラフィロソフィという経営哲学として昇華され、さらに、たゆまざる実践によって哲学が深まり普遍化されていくのでした。

それではまず、稲盛氏の経営哲学が生み出されていったプロセスを見ていきましょう。

経営の行き詰まりから生み出された経営哲学

稲盛氏が起業した京セラは、満を持して創業したというよりも、このまま稲盛氏が会社に残っていると、氏の優秀な技術力が台無しになってしまうと思った周囲の支援者が後押しする形でできた会社です。

1959年、京都セラミック(現京セラ)設立当初は7人の仲間たちからなる社員しかいませんでした。会社の理念と思しきものは、「稲盛の技術を世に問う」でした。稲盛氏も支援者の期待に応えるように、超人的な努力を注ぎ、この会社は初年度から黒字化を達成します。

したがって、もともと稲盛氏は、今のような経営哲学を持っていたわけではありません。むしろ、会社が存続でき、やがて28名になった従業員への給料の支払いができればもう十分ではないかと思っていたのです。ところが、ある事件が起こります。

当時、多くの企業内で組合運動が活発になりはじめ、京セラにおいても創業2年目に採用した11名の社員たちが翌年春、いきなり反乱を起こしたのです。彼らは定期昇給、ボーナスおよび将来の約束などの内容を含む「要求書」なるものを提示しました。しかも認めなければ全員辞めるという強硬な姿勢で稲盛氏に迫ってきます。
驚いた稲盛氏は、なんとか社員たちを説得しようとするものの、なかなか聞き入れられませんでした。ついに、説得の場は氏の自宅にまで及びます。社員たちとひざを付き合わせて交渉すること三日三晩に至り、ようやく反乱は鎮まりました。

これが契機となって、稲盛氏は、技術者として技術を世に問うことを追求する自分だけの目標よりも、もっと大切な経営のミッションがあるはずだと気づきました。

そして自問自答した結果、「全従業員の物心両面の幸福を追求する」という経営理念を生み出すに至ったのです。すなわち、企業はすべての従業員のために物質面と精神面の豊かさを追求すべきであって、物質面の豊かさは金銭で還元し、精神面の豊かさは従業員の徳性を高めることによって実現しようという結論に至ります。

さらに、そもそも会社が持つ技術が何のためにあるのかを考えたら、会社は社会に対しても責任を負わねばならない。そこで、従業員を豊かにするだけでなく、「同時に、人類、社会の進歩発展に貢献すること」を加えました。ここで人類や社会の進歩までをも経営理念に内包したことで、対象があらゆる領域に及ぶ普遍性を持つに至るのです。

京セラの経営理念

それでは稲盛氏の哲学から落とし込まれた京セラの経営理念がどうなっているか見ていきましょう。

社是
敬天愛人常に公明正大 謙虚な心で 仕事にあたり 天を敬い 人を愛し 仕事を愛し 会社を愛し 国を愛する心
 
経営理念
全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献すること。
 
経営思想 
社会との共生。世界との共生。自然との共生。共に生きる(LIVING TOGETHER)ことをすべての企業活動の基本に置き、豊かな調和をめざす。
 
経営の手段
1. お客様に喜ばれる製品(心のこもった製品)、並びに誠意溢れるサービス、即ち良い製品をより安く供給し、又常に新技術開発に努め、優れた新製品を供給することにより、商売を円滑に進め、適正な利益を得ること。
2. 社内に於いては、お互いに感謝報恩の心を持ち、お互いに誠をつくし、心と心の信じあう其の心を基にして対立のない、お互いに助け合う大家族主義で運営する。

京セラの経営理念の特徴

京セラフィロソフィに基づく経営理念は以下のような特徴を持っています。

1.人として何が正しいかを判断基準とする
稲盛氏は意思決定に迷う時、人間として何が正しいかを最終的な拠り所として置きました。それは、京セラのウェブサイトに次のような記載されています。

「(京セラフィロソフィは)“人間として何が正しいか”を判断基準として、人として当然持つべきプリミティブな倫理観、道徳観、社会的規範にしたがって、誰に対しても恥じることのない公明正大な経営、業務運営を行っていくことの重要性を説いたものです
これが京セラフィロソフィ、稲盛経営哲学の原点といえるでしょう。

2.ステークホルダーの対象範囲に広がりを持つ
上記の価値基準を含み、京セラフィロソフィの及ぶ範囲を一言で説明する言葉が「敬天愛人」です。敬天愛人は、元は中国の二大賢帝の一人と言われる清の康熙帝が筆を入れた額に由来するようです。

稲盛氏は敬天愛人を、西郷隆盛の著書から取り出し、次のように解釈しました。
「敬天愛人とは『西郷南洲遺訓』の中にある言葉で、天は道理であり、道理を守ることが敬天である。また人は皆自分の同胞であり、仁の心をもって衆を愛することが愛人の意味である」※2

そして、これを京セラの社是としました。まず、人間として何が正しいかの道理に従い、仁の心をもって衆を愛する。つまり、仁とは思いやりの心であるので、思いやりを衆のみならず、衆が存在する基盤となっている地域社会や国、地球環境にも差し向けることを意味しています。

3.人の心の持ち方を変えることをベースとする
さらに、京セラフィロソフィの中には、人の心を中心に据える経営に関する言及が多くあります。例えば、「経営資源の中で最も重要なのは、人、さらにいえば人の心なのである。その人の心の在り方というものを究明することが今こそ必要ではないだろうか」※3

それでは、なぜ稲盛氏は人の心を大切にするのでしょうか。それは、人生でも仕事でも、素晴らしい結果を生むためには、ものの考え方、心の持ち方が決定的な役割を果たすからに他なりません。

稲盛氏は、人生や仕事で成果を上げるための方程式として「考え方×熱意×能力」が成り立つといい、その中でも「考え方」を特に重視します。
なぜなら、「考え方」つまり、心の持ち方にはプラス100からマイナス100まであり、掛け算に依るから、心の持ち方次第で成果の現れ方が劇的に変わってくるからだと稲盛氏は説明しています。したがって人生を豊かにするには、良い心を持つべきであり、かつその心を高め続けるべきであると説きます。

理念と実践の両輪からなる経営

理念と企業活動のセットでの運用

さて、どのような立派な経営理念を構築しても、理念が絵に描いた餅では意味がありません。経営理念はじっくり考えれば誰でも作れますが、実践してはじめて価値を生みます。稲盛氏の経営哲学において、この実践の形が、名前をよく知られた「アメーバ経営」です。

稲盛氏によれば「アメーバ経営は、小集団独立採算により全員参加経営をおこない、全従業員の力を結集していく経営管理システムである」※4と説明しています。これは、部門別採算管理のやり方であり、管理会計の手法であるだけでなく、人材育成の強力なツールでもあります。なぜ、そうなるのかを以下に説明します。

人材育成の観点からすると、アメーバ経営は従業員に、自分事として仕事に向き合う実践の場、能力を高める機会を提供します。そして、経営とは、どれだけのコストをかけてどれだけの価値を生み出したのかということです。価値の総和からコストを引いたものが経営による生産物といえます。
経営者は、日ごろからこの取り組みを行っているので、当たり前に、こういった経営の全体が見えます。しかし、従業員の立場になると、自分の存在や行動が会社全体にどれだけ影響しているのか、影響していないのか、はたまたそれが給料にどう反映されているのかがわからないといったことが起こります。場合によっては、会社が何かしてくれることを待っている人材になっていく可能性もあります。

アメーバ経営では、この個人と部門、会社との関係や、個人が担っている役割が可視化されます。そのことから、自分の目標とその達成によって、会社が生み出す価値に自分がどれだけ貢献できているのかがわかり、個々人が仕事を自分事化していくプロセスを辿ります。このプロセスを通して人材育成につなげていくのがアメーバ経営の仕組みです。

そしてアメーバ経営は、将来の経営人材の育成にも威力を発揮します。アメーバ組織のリーダーは、部材の購入、人員の配置、生産性を上げるためのモチベーション管理など、経営者のように意思決定し、マネジメントしなければならないので、実務をとおして経営能力を高めることができるのです。

一人一人の従業員も自分の所属するアメーバ組織が売上を最大に、経費を最小にして、どれくらいの付加価値を創出するかに関心を持つことで、主体的に経営に参画するようになります。そして、より成果を上げるためには、全体の中における自身の能力向上が必須であることに気づくのです。

理念と実践の一体的運用による哲学の進化、従業員育成としての対話

企業経営者やリーダーにとって、ある意味、従業員は鏡のような存在といえるでしょう。従業員が以前と比べてチャレンジしなくなったとか、不満がくすぶっているという状況は経営者の経営の状態を映し出すものです。自社の経営理念を実現しようと、経営にまじめに励んだ結果、思い通りになっていないとすれば、何がおかしいのかを考える必要があります。

このときに、従業員との腹を割った対話が必要であり、対話によってはじめて真の問題に気づき、解決策を打つことができるようになります。従業員への働きかけ方が変われば、結果が変わり、この繰り返しの中で経営者自身も思索を深め、経営哲学が進化し、従業員や組織が変わっていくのです。

一方で、従業員の側も、経営全体の中で自らの課題を認識し、必死になって課題を解決していくうちに、自分の働きかけによって周囲がどう変わるのか?仕事とは何であるか?をだんだんと理解していくことになります。

このとき、高い目標があったうえで壁にぶち当たらないと、人は素直に他者の話を受け入れようとはなりません。そこで、考える機会として壁があり、考える軸として哲学があれば、それを通して経営者と従業員の対話ができ、それぞれが考えを深めていくことができます。このとき、従業員ひとり一人も、経営哲学を自分のものとして取り込むことにつながります。

理念の浸透のためには、経営者や会社サイドの一方的な思惑のお仕着せにならないよう対話を繰り返すことが重要です。京セラの場合は胸襟を開き、酒を酌み交わすというコンパによってフィロソフィの浸透を図ってきました。本社12階には、畳100畳のコンパ室が設えてあるそうです。

京セラだけでなく、KDDI、JALで示された普遍性

さて、これから京セラフィロソフィがどれだけ普遍性をもつものなのか、稲盛氏が密接にかかわった2社について見てみましょう。

KDDI(旧DDI)の創業における京セラフィロソフィの活用

1983年、政府は通信自由化と電電公社(現NTT )民営化の方針を打ち出しました。これを受けて、長年にわたって通信事業を独占していた電電公社の高い料金体系に問題意識を持っていた稲盛氏は、将来、個人で携帯電話を持つ時代が必ず来るとの確信があり、通信事業への参画を検討します。大いに勝算はありましたが、一方で巨利を生み出すことが確実な事業であるがゆえ、かえって参入してよいのかと悩むことになります。

そこで稲盛氏は「動機善なりや、私心なかりしか」と人間として正しいかどうかの原点に立ち返り、熟考を重ねます。最終的に「私」としては一株も持たないことにして、ウシオ電機、セコム、ソニー等の協力を得て、第二電電企画(第二電電、DDI)を設立することにしました。その当時の電電公社は売上高4兆円超、京セラは売上高2,200億円程度でした。
第二電電は、素人の参入による無謀さゆえに、そのうち潰れるだろうと噂されました。ところが、稲盛氏のリーダーシップの下で、20人からスタートした会社は、早期の黒字化を実現し業績を伸ばします。そして、2003年に DDI、KDD、IDO の3社合併によりKDDIとなりました。

ここで、京セラフィロソフィが、どのように普遍化されたのかを考察するため、まず、KDDIの経営理念を見てみましょう。

社是
「心を高める」
~動機善なりや、私心なかりしか~
 
企業理念
KDDIグループは、全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、お客さまの期待を超える感動をお届けすることにより、豊かなコミュニケーション社会の発展に貢献します。

膨大な量(全体で5章38項目)のためここでは割愛しますが、このあとにKDDIフィロソフィが続きます。DDI時代から参画しKDDIの発展に大きく貢献した現相談役の小野寺正氏は、日本経済新聞の『私の履歴書』で、KDDIフィロソフィに言及しています。

それによると、技術者であった自身が経営者としてやってこれたのは稲盛氏の薫陶によるところが大きく、京セラフィロソフィに倣って、1990年代にDDIフィロソフィを策定したとのことです(これがのちのKDDIフィロソフィとなっている)。

KDDIフィロソフィは、KDDIの「目指す姿」から「人間として何が正しいのか」まで多岐にわたっています。人材育成にあたっては、字面の理解だけでは意味がなく、フィロソフィの中身を自分の血肉とすることが重要という考え方で、部単位での勉強会から管理職研修まで、全社員がフィロソフィに向き合う機会を設けているといいます。

現社長の髙橋誠氏は、2020年のCEOメッセージの中で次のように述べています。「KDDIには、社会インフラを担う通信事業者として、24時間365日いかなる状況でも、安定したサービスを提供する重要な社会的使命があります。通信事業は、電波など国民共有の貴重な財産をお借りして成り立っているだけに、社会が抱えるさまざまな課題に対して高い志を持って貢献していく社会的責任があると認識しています。このような企業としての姿勢、従業員の持つべき考え方をまとめたものがKDDIフィロソフィであり、そこにサステナブル経営の原点があると私は考えています」

勉強会の運営については、社長や役員が、従業員に直接語ることで、KDDIフィロソフィの意味するところや具体例を示し、浸透をはかっています。毎月1回、全役員が参加する社長主催の勉強会を核に、各本部の勉強会から全従業員が参加する勉強会まで多様な機会を通じてフィロソフィの徹底が行われています。

社員は年3回の勉強会に必ず参加しなければならず、自分は仕事の中でこのようにフィロソフィを実践してきたとか、失敗やミスを通じてフィロソフィの重要性を再認識したなど、フィロソフィに関する自らの経験談やエピソードを共有し、その内容について全員でディスカッションをすることで人材育成につなげています。

KDDIフィロソフィは、創業以来の右肩上がりの企業成長(2020年3月期は営業利益1兆円以上の過去最高益)の一助となっているといえましょう。

JALの再建における京セラフィロソフィ

続いて、JALの再建を振り返ります。2012年、再上場によりJALの再生は成功し、京セラフィロソフィは、企業の再生にとっても有効であることが証明されました。

2010年にJALは、2兆3,000億円という空前の負債を抱えて、会社更生法の適用を申請しました。この会社を再生させるため、白羽の矢が立てられたのが、まさに稲盛氏でした。

いったんは断りつつ、さらに周囲からも強い反対がある中で、あえて稲盛氏が引き受けたのは、社会的に3つの大義があると考えたからです。1つ目は二次破綻による日本経済全体への悪影響を食い止めること、2つ目は残された社員の雇用を守ること、3つ目は正しい競争環境を維持して国民の利便性を確保することでした。

破綻当初のJALは、倒産したことへの当事者意識が薄く、社員の一体感にも欠け、再建が危ぶまれていました。そのような中で、稲盛氏がJALに導入したのが「フィロソフィ」と「アメーバ経営」でした。

京セラフィロソフィをもとに「JALフィロソフィ」が策定されたことにより、共通の価値観が生まれるとともに、全社員の意識改革が進みました。またアメーバ経営の導入により、社員一人ひとりに主体者意識が芽生え、いかに自部門の売上を伸ばし、経費を削減できるかを全社員が自分事として考えるようになったのです。

結果として、赤字続きだったJALは、翌期には営業利益1,884億円をあげる会社に生まれ変わりました。そして、2012年9月には、わずか2年8カ月という短期間で再上場を果たしたのです。

稲盛氏はJALの取締役会長に就任したとき、もっぱら経営理念の話をしています。京セラフィロソフィの内容は非常にプリミティブかつシンプルであるため、JALの経営陣から「このような危機的な状況で、子供でもわかるような話をして何の意味があるのか」という疑問が出ました。これに対し、稲盛氏は「子供でもわかるようなことが、実践できているのか」と問いかけ、幹部研修会でフィロソフィとその重要性を訴えていきました。さらに、高齢であるにも関わらず無給で研修に付き合う稲盛氏に対し、JAL幹部も次第に理解、共感を示すようになったといいます。結局、17回、毎回3時間の研修を行ったそうです。

稲盛氏の言葉でいえば、「経営哲学を持ったことにより,会社は発展し,同社の社員はより素晴らしい人生を歩めるようになったのである。これは,哲学を持つことが経営において如何に重要であるかの実証でもある」※5とあります。

それまで経営理念がなかったJALでは、研修を受けて、次のようなJALフィロソフィが策定されました。

JALグループは、全社員の物心両面の幸福を追求し、
一、お客さまに最高のサービスを提供します。
一、企業価値を高め、社会の進歩発展に貢献します。
 
公明正大で、大義名分のある高い目的を掲げ、これを全社員で共有することで、
目的に向かって全社員が一体感をもって力を合わせていくことができると考えています。
 
JALグループに集う、経営陣を含めた社員一人ひとりは、日々、人生や生活をかけて懸命に働いています。その私たち社員が「JALで働いていてよかった」と思えるような企業を目指さなければ、お客さまに最高のサービスを提供することもできませんし、企業価値を高めて社会に貢献することもできません。そのような考えに基づいて、企業理念の冒頭に「全社員の物心両面の幸福を追求する」と掲げています。
 
従って、私たちは、経済的な安定や豊かさに加えて、仕事に対する誇り、働きがい、生きがいといった人間の心の豊かさを求めていくとともに、心をひとつにして一致団結し、お客さまに最高のサービスを提供できるよう、必死の努力をしていかなければなりません。
 
次に「お客さまに最高のサービスを提供する」とありますが、これは、安全を大前提として、お客さまに世界一の定時性、快適性、利便性を提供するということを意味しています。
 
最後に、「企業価値を高め、社会の進歩発展に貢献する」とありますが、これは、私たち全社員が、強い採算意識と不屈不撓の精神をもち、公明正大な方法で努力を重ねて利益を上げ、株主配当、納税、社会貢献等を行うことにより、社会の一員としての責任を果たすということを意味しています。
 
JALグループは、この企業理念を普遍的な経営の目的、経営の基本とし、「JALフィロソフィ」の実践を通じてその実現を目指していきます。

KDDI、JALの経営理念からわかること

二社の経営理念を並べてみると、両者ともに、人間としての正しさ、私心のない気高い精神を保ち、従業員自ら心を高めることで、「全社員の物心両面の幸福を追求し」、「社会の発展に貢献します」という、京セラと同様の内容が記されています。つまり、京セラフィロソフィの考え方は、既存企業を伸ばす場合であれ、新規事業の創業であれ、企業再生であれ、人材育成や成果創出において、普遍的に活用できることが示されたわけです。

前編のまとめ

さて、ここまで稲盛氏が「京セラフィロソフィ」を生み出し、そして「アメーバ経営」として実践し、さらにはKDDIとJALへの応用によって、フィロソフィが普遍化されていく過程を俯瞰してきました。ここまでで経営者やリーダーが人材育成のために参考にできる要素を、以下のポイントにまとめることができます。

1 結果を生み出すためには従業員の心の持ち方を、理念のもとで高め続ける必要がある。社会・人類への貢献を目指し、人間として何が正しいかを最終的な判断基準とした公明正大な業務を行うという理念であれば、どのような企業にも普遍的に応用が可能となる。

2 理念を企業活動として実践していくことで、個々人が仕事を自分事化し、経営への主体的な参画を意識づけることができる。そして、全体の中における自身の能力向上こそが成果を生み出すために必須であるという気づきを生み、個々人が成長へと向かっていく。

3 理念の浸透が結果に繋がらないのであれば、経営者やリーダーには、経営状態の鏡といえる従業員との腹を割った対話が必要である。対話の中でこそ真の問題点と解決策を考えることができ、経営哲学の進化というサイクルへつなげることができる。対話を通し、従業員も経営哲学を主体的にとらえることができる。

≪後編≫では、「京セラフィロソフィ」と他企業の理念の違いを明らかにした上で、企業がいかに理念を人材育成へと活用していくべきかを、さらに深掘りしていきます。

文=オンデック情報局

 → 【歴史と偉人に学ぶ 経営の本質】稲盛和夫に学ぶ、経営哲学「京セラフィロソフィ」による人材育成≪後編≫はこちら

引用および参考文献

※1稲盛和夫 京セラフィロソフィ サンマーク出版 
※2稲盛和夫『高収益企業のつくり方』日本経済新聞社
※3稲盛和夫『新しい日本 新しい経営』TBS ブリタニカ
※4稲盛和夫 アメーバ経営 日本経済新聞社
※5稲盛和夫 成功への情熱 PHP文庫