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M&Aガイド

【事業承継 種類別メリット・デメリット】スムーズに進む一方で資金力が課題[従業員への承継]

従業員への事業承継

事業承継を考える際、親族への承継と並んでイメージされやすいのが、従業員への承継でしょう。優秀な従業員に次世代へのバトンを繋ぎたいと、多くの経営者が一度は考えられると思います。

しかしながら、最近の調査では、事業承継のうち「親族以外の役員・従業員への承継」の割合は26.4%と、「社外の第三者への承継」の39.3%よりも小さくなっています。(平成28年4月26日 中小企業庁 財務課『事業承継に関する現状と課題』より。)

「明日から君が社長だ。」そう簡単には言えないことには、どのような理由があるのでしょうか。

1.株式の所有-経営者が引き続き持ち続ける

経営権は後継者に承継したとしても、株式をどうするかの問題が残ります。一つに、前経営者が引き続き株式を持ち続ける形が考えられます。この場合、後継者の資金力は大きな問題にはなりませんが(後述の個人保証の問題を除く。)所有と経営の分離という問題が生じます。

上場企業や、外部からプロ経営者を連れてくることのできる会社であれば、所有と経営が分離されているのが標準的ですが、一般に、中小企業においては会社運営のリーダーシップが定まらなくなり、競争力が低下することが多いと言われています。

また、前経営者に相続が発生した場合、会社に関与していない親族に株式が分散し、会社の意思決定プロセスに大きな問題が生じる可能性もあります。
前経営者が新代表者を信頼し、その意思決定を完全に尊重するのであれば、魅力的な選択肢ですが、そうでない限り、リスクのある選択肢と言えるでしょう。

2.株式の所有-後継者に譲渡する

所有と経営の分離を避けるため、経営権は後継者に承継し、株式もその後継者に譲渡する形が考えられます。
この場合、株式価値が大きな問題となります。優良企業であるほど株価も高く(数千万円~数十億円、またはそれ以上。)、その株式を買い取るだけの資金力を持つ従業員は稀でしょう。

勿論、経営者がその株式価値を得ることを放棄し、後継者に株式の全部を贈与するのであれば、この問題は解決します。(後継者への課税の問題は残りますが、事業承継関連税制も整備が進んでおり、その負担は軽減されつつあります。)

3.連帯保証債務の承継

銀行借入を行っている場合、通常代表者は連帯保証人に入っており、また自宅等を担保に入れているケースが多くあります。従業員に会社を承継した後に、その保証・担保がそのまま残ることは非常に大きなリスクです。自身が経営に関与していない中、万が一後継者が経営に失敗した場合、自身が返済義務を負うこととなるためです。

そのため、承継時に、保証人を後継者に切り替える・担保を外してもらう交渉を銀行と行うこととなりますが、後継者に十分な与信力(≒資金力)がなければ、銀行としても受け入れることは難しいと思われます。
M&Aという形であれば、譲受企業の与信力を元に、保証・担保が外れることが一般的であるため、この点の差異は大きいと言えるでしょう。

4.後継者の経営手腕・意欲

最も大きな問題が後継者の経営手腕と意欲です。一分野のプレーヤーとしては優秀であっても、会社経営には全く違う能力が求められます。人望を得ている方であっても、経営者と従業員という関係ではまた別のコミュニケーションが必要とされます。また、そもそも本人に、後継者となる覚悟と意欲があることが大前提となります。

従業員への事業承継には、上記のような課題が考えられます。これらをクリアできるのであれば、経営理念や経営の一貫性が保たれやすい、社内外の関係者からの理解が得られやすい、業務の承継が円滑に行われやすいといった点で、メリットの大きい選択肢といえるでしょう。

ただ、どういった事業承継の選択肢を取るにせよ、メリットとデメリットはともに存在しています。先入観を持たず、多くの選択肢をまずは検討し、専門家に相談されることが、事業承継を成功させる最初のキーポイントです。

文=小岩井雄智(弊社コンサルタント)